留学便り14 (木島泰明)

2015年の5月から6月まで、フランス・リヨンのLyon-Ortho-Clinicで研修させていただきました木島泰明です。今回は、Nicolas Bonin先生の股関節鏡手術についてレポートしたいと思います。(6月の終わりに半年ぶりに帰国し、7月からは秋田の現場に復帰させて頂いておりますが、5月以降のことに関するレポートがまだでしたので引き続き留学だよりを発行させて頂きます。)

初日は朝9時にLyon Ortho Clinicのオフィスで待ち合わせ。行くと、フランス語を話すスイス人のフェローもその日から6ヵ月の予定で研修に来ていました。診察室を兼ねた自分の部屋で外来をやり、別の部屋の秘書さんが外来や入院・手術の予約の管理をするというスタイルはパリのNogier先生と同じ。月曜と水曜が外来日で、火曜と木曜が手術日、金曜日は自分の仕事をする日とのこと。外来でのスタイルはジーンズにワイシャツでしたが、Nogier先生と違うのは白衣を着るところです。

手術室への1件目の患者さんの入室は、秋田のJT整形と同じ朝7時。1日5-6件、多い日は7-8件の手術を行っています。ほとんどは股関節鏡手術やプライマリーの人工股関節置換術(THA)ですが、人工股関節の再置換手術や臼蓋棚形成術など、股関節鏡手術やプライマリーTHA以外の手術がある日は少な目に組むようです。

背の高い男性の専属看護師2名を雇っているようで、いつもはその2名とBonin先生の3人で手術をされているようですが、僕の研修期間中は、スイスからの研修の先生と交代で手洗いさせて頂きました。  Center Edge (CE)角が10度前後の寛骨臼形成不全で20代くらいの若い患者さんに対しては仰臥位での棚形成術を行っていました。1例しか見られませんでしたが、AHRG会長に比べれば小ぶりな棚をT型のプレートで固定しており、2本のロフストランド杖は持たせていましたが、術直後から荷重は許可していました。ただAHRG会長と同じだったのは、海綿骨を骨頭側に向けて設置していました!「カーブが合うからね」だそうです!

今回、見ることはできませんでしたが、大腿骨頭の骨軟骨損傷に対してのモザイクプラスティも時々行っており、成績も良いとのことでした。切除するべきCamの位置から骨軟骨柱をグラフトとして採取するのだそうです。

円靭帯の周りの炎症性滑膜だけしか有意な所見がなかった患者さんもいらっしゃり、術後1ヵ月は痛みなく経過は良かったものの、3ヵ月で痛みが再燃してしまったようです。このように「メカニカルな症状」(動作時痛、他動運動時痛)ではなく、関節鏡視下の滑膜切除をしても再燃してくるような股関節痛の場合にはリウマトロジストに紹介して抗炎症的な治療、具体的にはステロイド関節注射や内服薬投与などを受けてもらう、とおっしゃっていました。

ちなみに、股関節のAnterior impingement signは屈曲・内旋で股関節痛が出るかどうかをみるものですが、「関節水腫になっているような症例ではどの方向に動かしても痛いよね」とおっしゃっていました。確かにそうですよね。chondromatosisなどでもそのようです。chondromatosisではposterolateral portalも必要なことが多いのでカプセルの切開も大きくなるものの、術後はむしろ固くなることが多いのでカプセル縫合は行わないとのことです。再発例も少なからずあるので、毎年MRIでチェックしているとおっしゃっていました。

診断には単純X線写真を重要視されており、寛骨臼側はCE角とVertical Center Anterior margin (VCA)角、Acetabular roof obliquity (ARO)を、大腿骨側はαアングルを必ずチェックしていました。さらに単純X線写真で分かる場合には、下前腸骨棘(AIIS)の位置もチェックし、acetabular edgeよりもAIISが遠位であればグレード3としてインピンジメントのリスクと評価しています。

またCTやMRIで寛骨臼が完全に後ろ開きでなくても、単純X線写真でcross over sign (COS)やprominence of the ischial spine (PRIS) signがあれば機能的あるいは相対的レトロヴァージョンがあり、pincerのリスクと判断されていました。

そして、Anterior impingement signが陽性で、上記のインデックスでpincerやCamを示唆する所見があれば、関節唇損傷がはっきりしなくても股関節鏡手術の適応とされております。実際にそういった患者さんのほとんどに関節唇損傷を認めますし、関節唇損傷の程度がごく軽く、縫合するほどのインスタビリティがない場合でも、しっかりCamを削るだけで症状が取れるとのことでした。

詳しい検査としては、Nogier先生と同じく、関節造影MRIではなく関節造影CTでの所見をしっかり見ていました。これはフランスのラディオロジストが主に関節造影CTを撮影して、患者さんが持ってくるためです。αアングルのチェックもCTの頸部に沿ったスライス(特に近位)で行うのが一番良いと話されていました。関節造影CTでは造影剤のノリで軟骨表面も見えるため、軟骨損傷がないかどうかも注意してみています。同様に、正常な関節唇はその表面が造影剤で追えますが、関節唇が見えず骨性の臼蓋縁のみのように見えるときは、関節唇の消失、または関節唇の骨化と判断していました。「関節唇の骨化は関節唇再建のいい適応だけど、なかなか手技的に難しく、臨床的には骨化の切除だけでもかなり成績は良い」と話されています。前方のインピンジメントがある場合、後方の軟骨損傷が起きることも多いようで、これはcontrecoup lesionと呼ばれています。この軟骨損傷が非常に大きい場合には、もはや股関節鏡での対応は難しく、年齢にも寄りますがTHAを勧めるケースもありました。

Herniation pitなどもCTでよく観察できます。Herniation pitはpincerメカニズムで生じる所見(もちろん病的意義がない同部の骨嚢胞もよくあることは指摘されています)、また、delaminationはCamによる損傷と考えられています。軟骨のdelaminationは鏡視下でプロービングしたときのwave signとして観察されます。

ときどきラディオロジストの好みで、患者さんがMRIを撮られていることもあり、そういう場合にはintensity changeのほかに円靭帯の有無も確認されていました。

画像上インスタビリティ(dysplasia)やインピンジメントが疑われないケースなどでは特にハイパーラキシティのチェックもしっかりと行っていました。股関節のラキシティが原因で関節唇損傷をきたすケースもあるようです。さらにラキシティも骨性のインピンジメントも疑われないケースでもダンスなど足を高く上げるようなスポーツをやっている方では関節唇損傷による痛みが取れない可能性があるようです。

CE角が15度から25度くらいの、いわゆるborderline dysplasiaの症例の関節唇損傷で、関節唇縫合しても症状が1年くらいで再燃し、仕方なくデブリしたもののすっきりせず、3回目の手術で棚形成をしたところ痛みがすっかり取れたという患者さんも外来受診されていました。ただ実際はそのようなケースは稀なようなので、まずは鏡視下の関節唇修復のみを行い、症状が取れない場合には臼蓋棚形成術を追加で行うという考え方でもいいのかもしれません(もちろん患者さんとの話し合いが重要ですが)。

Borderline dysplasiaでCamは明らか、でも関節唇損傷ははっきりしない、だけどAnterior impingement signが陽性、という患者さんもいて、そういう場合は、実際の手術ではCamの切除のみになることがあるのですが、それだけでも症状は取れているようでした。いかにCam切除が重要か、ということでしょうか。

やはりこの分野、診断や手術適応が難しいのですが、Bonin先生のところでたくさん患者さんを見せてもらったことで、かなり勉強になりました。それでは、Bonin先生の実際の股関節鏡手技のご紹介もしたいと思います。

 

まずは、足背にゼリー状のクッションを当てて、それを包帯で止めてから牽引台のブーツを装着していました。パリのNogier先生はPeripheral firstアプローチを用いていましたが、Bonin先生は、僕が産業医大の内田先生から教えて頂いたCentral firstアプローチを用いています。これは最初にまず牽引をして、大腿骨頭と寛骨臼の間にまずカメラを入れてしまう方法です。ただしBonin先生は手洗いをする前に一旦牽引して透視をみて、ポータルの位置と刺入角度を確認したら、あとは透視を片づけてしまいブラインドでCentral partを穿刺していました。牽引も、軽く徒手的に牽引した後で、牽引台のくるくる回すほうの牽引装置でだいたい20回転くらい牽引し、マーキングしたら20回転戻し、刺入する前に再び外回り看護師さんに20回回して、と言って牽引してもらう、という方法を取っています。この方法を用いれば、透視がなくても牽引の程度の再現性が得られるとてもいい方法だと感じました。また、足部だけに牽引負荷がかからないように膝上から牽引ブーツまで縦にテープを張り、牽引負荷が分散するような工夫もされていました。

最初のポータルの位置も我々の方法とほぼ同じですが、牽引したときにまっすぐ(患者さんに直角に、つまり遠位にも近位にも傾けなくていい位置から)central partに入るような位置というのはNogier先生と同じです。大転子の最近位部のちょっと内側のソフトスポットあたりだそうです。Central partに向かうには若干後方に傾ける方向になることが多いようです。セカンドポータルの位置は上前腸骨棘からパテラ中央に下したラインより2横指くらい外側で、ファーストポータルから4横指位の位置とのことで、これもいわゆるMid-Anterior portalの位置とほぼ同じか、やや近位の位置に来ます。まずエアで(還流液を入れないで)鏡視というのも一緒です。ちゃんと関節内にニードルが入っているかどうかの確認のためにシリンジで生食を関注することもありましたが、その場合には浣腸器で関注した水を吸引して抜いてでもまずはエアで鏡視していました。

関節包はポータル間を切開していますが、dysplasia(CE角25度以下)の症例以外は最後に関節包縫合は行っていません。初めにニードルを刺入したら、ニードルに通して細いガイドワイヤーを挿入し、次にスイッチングロッドをガイドワイヤーに通して刺入することで関節包の穴を大きくしていました。この時にはけっこう抵抗があるので、スイッチングロッドホルダーを使用しています(ストライカーのものは黒いボックス型、スミス&ネフューのものはT字型、これがあると便利です)。次いで、ガイドワイヤーを抜き、スイッチングロッドに通して、径4.5mmの金属カニューラを挿入し、カメラを入れます。

同様に2番目のポータルを鏡視しながら作成しますが、この時はスイッチングロッドに通して、径5.5mmと太めの金属カニューラを入れます。ただ5.5mmの金属カニューラは関節包を貫きにくいので、関節包の手前で止めておき、スイッチングロッドを抜いた後に、そのカニューラを通して慎重にビーバーメスを刺入して、メスで関節包を切開したあとで5.5 mmのカニューラを関節内まで進めていました。そして、カメラをスイッチして1番目のポータルが関節唇を貫いていないことを確認したのちに、1番目のポータルからメスを入れ、ポータル間の関節包を切開。その後で、1番目のポータルの方も5.5 mmカニューラに入れ替えます。そして、ここが味噌だと思うのですが、5.5mmカニューラを通してシェーバーを入れます!(ちょっと強引ですが、実際にはシェーバーを入れながら、金属カニューラを抜き気味にして、シェーバーの根本まで下げます)。シェーバーを抜くときは逆に金属カニューラを関節内に入れるようにしてシェーバーを引っ張る。アブレーダーは通らないですが、RFプローブやアンカー刺入の道具、アースロピアスやノットプッシャーもこの5.5mmのカニューラを通るので、ヘラを使わなくても道具の出し入れがスムーズで、縫合までこのカニューラで行けます!縫合はラッソーループなどは使わずにシンプルなマットレススーチャーを使用していました。カニューラの手前でピアスで1本糸をつかみ、そのままカニューラを通して関節唇を貫いてる間に、助手がもう1本の糸にノットプッシャーを通してモスキートを付けておく。これで軸糸がどちらになるかも迷わずに縫えます。

カメラや股関節鏡用デバイスはスミス&ネフューとストライカーの両方を使用していました。極力RFプローブは使わないようにされているとのことで、recessの郭清もシェーバーのみで、そんなに徹底しては行わず、シェーバーで臼蓋縁の骨が触れられるくらいになった段階でアブレーダーにスイッチしています。AIISの位置を中心に、内側は腸腰筋ノッチまでの範囲でacetabuloplastyを行うと話されていました。関節唇縫合に使用するアンカーはスミス&ネフューのもので、一番いい位置にまず挿入し、1個ずつ縫合しています。ノンスライディングノットで4回結んでいましたが、3回同じ方向に結び、4回目で逆にしていました。そして1個のアンカーで縫ったら、関節唇のスタビリティーをその都度確認し、OKなら終了。足りなければもう1個アンカーを追加、というように極力少数のアンカーで済むように縫合しています(だいたい1個か2個のアンカーで充分なスタビリティーを得られています)。関節唇を縫合したら牽引を解除するので、1-2個の縫合なら牽引時間も短くて済みます。

ついで、Camの切除へ。Camの切除はまず伸展・内旋位のままMid Anterior portalからの鏡視で Antero-lateral portalから外側のCam(Superior Cam)を削ります。関節唇からアブレーダー2個分くらい離れたあたりから、骨頭の球面の状態を確認しながら、球面状のカーブでなくフラットになっていればそこはCamと判断して削っていきます。もちろん、Bumpになっていれば当然削ります。ですのでSuperior Camは、場合によっては伸展位でも関節唇のすぐ脇から削るような形になるケースもあります。

次にカメラをスイッチして、前方のCam(Anterior Cam)を削ります。この時は股関節を45度以上屈曲させた状態で、関節唇のすぐ脇のところから削り始めていました。最後にSuperior CamとAnterior Camの間が残るので、そこを充分にチェックしつつ、ノーマルネックの谷までなだらかに削っています。ときどきCam側が肩のHill-Sachs lesionのように潰れていたり軟骨損傷があったりするケースもありました。

股関節鏡手術は大抵がデイサージェリーで、手術当日から歩かせて、帰れそうなら同日に帰宅します。なので、術直後から理学療法士が介入し、帰宅後の生活に対する指導を行います。具体的には、3週間くらいは一応、ロフストランド杖を持ってもらう(最初は2本)ことと、深屈曲だけは避けるように指導しているようです。荷重制限は行っていませんでした。

昔、肩の先生でbiceps killerと呼ばれる先生がフランスにいたそうですが、今でもフランスでは二頭筋長頭腱炎ではためらわずに二頭筋長頭を切離しています。それと同様に自分はpsoas killerかもしれない、とBonin先生はおっしゃっていました。Nogier先生のところにも腸腰筋腱の痛みの方が結構いらしていましたが、Bonin先生もそういう方には腱切離を鏡視下に行っています。Nogier先生は関節内で切離していましたが、Bonin先生は小転子部で切離します。最初に透視を見ながらカメラと鉗子を小転子の頂点まで、腸腰筋の下をくぐるようにして骨に沿って持っていき、そこでカメラを見ると上に腸腰筋腱が見えるので、そのままRFプローブでバッサリです。5分程度で手術は終了し、術後はしっかりストレッチを指導するとのことでした。時々、術後に足を挙げにくい方がいるようですが1ヵ月もすればしっかり挙げられるようになるとのことです。この手術はTHA後のpsoas impingement などで何年も苦しんでいる患者さんが一瞬で良くなるのですごいよ!と何度も話されていました。ちなみによくあるスポーツ選手の内転筋腱の痛みもなかなか取れない時は切っちゃうようです。鏡視下腸腰筋切離のポータルはMid-anterior portalとproximal mid-anterior portalの2つで、外旋位にするのがポイントのようです。

またNogier先生と同じように大転子部でのスナッピングヒップの症例に対しては、鏡視下に腸脛靭帯を切除するという手術も行っておりました。Nogier先生は楕円形に大きく切除されていましたが、Bonin先生は後方に凸の三角に切除するのが良いとおっしゃっています。あまり引っかからない前方の繊維は残すようにしているようです。

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↑ 病院の外観です。

 

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Bonin先生たちが開業したのはLyon-Ortho-Clinicですが、隣のClinique de la Sauvegardeの病棟と手術室を他科の先生たちと共同で使っています。

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↑棚形成の中の透視画像と使用しているT型プレート。

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↑股関節鏡時の牽引。足部だけに牽引力がかからないように。

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↑小転子部での鏡視下腸腰筋切離。

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↑ISAKOS期間中には産業医大・内田宗志先生たちが手術見学に来てくださいました。